弱みを見せられる強さ

自分の弱みを隠し、長所だけを見せようとする人は多い。

俺からすれば無理をしているようにしか見えない。もちろん、強みを前面に出して自分の売りが何かを明示することにより、相手の興味関心を引くことが必要な時もある。自社製品を売りに行って「特に良いところはない欠陥ばかりの商品ですが買ってくれませんか?」なんてセールストークが相手に刺さりはしない。そんなことを言おうものならあなたの名刺は目の前でチリと化すだろう。

人には良い面もあれば悪い面もある。完璧な人間など俺を置いて他に存在しない。にも関わらず、自分の弱みを隠し、強みのみを評価してもらおうとする人は多い。しかしこの手法をとると後々苦労することになる。期待から入ると失望への振れ幅が大きくなるからだ。先の太字はスルーしてもいいのだが一応訂正しておくと、実際俺から長所を探し出すのは鳥取砂丘に埋もれた米粒を見つけだすような作業だ。・・・・ちょ・・ちょっと言い過ぎではなかろうか。本人も反省している。。

期待値を上げれば(良い面をアピールすれば)仕事が取りやすくなったり、恋愛が成就しやすくなることはあるだろうが、相手の期待に応えられなかった時に信用を失うリスクも負う。その点マイナスから入ればあとはプラスにしか転じない。もちろん評価が低い時点でそもそも選定されない(仕事がとれない、セックスできない)という問題はあるが、それをクリアすれば後が楽になる。よってこれはある程度実績を積んでからのステップなのかもしれない。

例えば、俺は営業でも必死にお願いしない。出来ることだけを説明して「良ければどうぞ」というスタンス。コスト面ばかり重視する客には競合他社のほうが安いので、そちらを勧めることも少なくない。そんなやり方で仕事が取れるのかと聞かれたら、もっと評価を上げにいったり、ヘコヘコお願いしたほうが確実に数は取れると思う。しかしそれだと期待に応える必要性が生じたり、相手との間に上下関係が出来て、主導権を与えてしまうことになる。

金をもらう客相手に当たり前だろ、という意見もあるだろうが、お客様は神様ではないし、その価値観には反吐が出る。客は客。それ以上でもそれ以下でもない。そこにあるのは協力関係であって勘違いしたウザい客など相手にしないに限る。これについては思うことがあるのでまた別記事で書きたい。

恋愛面でも連絡はマメじゃないし、特定の人ともあまり頻繁に会いたくない。でもそれは相手に好意がない訳ではなくそういう性格だからだ。相手との物理的、心理的距離を縮めたがる人は多いが、距離が近すぎて失敗しているケースが多いように思える。人にはそれぞれの距離感があり、それをはかり違えると(近すぎたり、遠すぎたり)衝突したり疎遠になってしまう。互いに程良い距離感を保てた時に関係は持続していくのだと思う。だからいつも相手からの要望に応えるのは消極的だし、一線を引く。おかげでいつも気付けば音信不通になっているのだけれど。。(汗)

要は評価を無駄に上げすぎないこと。評価を上げるとそれに応えられなければ相手は勝手に失望する。だから素のままで評価を下してもらえば良い。それで選定されるなら苦労はしない!と思われる人もいるかもしれないが、俺は逆で、それで無理ならそれはそれで良いと思っている。自分が無理をする(相手に無理をさせる)ことで持続させようとする関係は長続きしないし、いずれ無理がたたる。

また、評価を上げないことも大事だが、自分の弱みも見せた方がいい。弱みを知ってもらうことで、それを補ってもらえたり、理解してもらえることもある。例えば俺は酒が好きだが酔いが回るとどうしようもないゴミに成り下がる。素面でもゴミだが酔いすぎると粗大ごみへ進化(退化?)する。

その残念さは本ブログやツイキャスでもお伝えしてきたが、これも事前に知らせておくことで、もし誰かとお会いした時に俺が不意にゴミ化しても

「あぁ、これが言ってたゴミ化か。やっぱり聞いたとおりのゴミやったね。」

となる。マイナスから入っているので俺への信用は失墜しない。

というかある意味期待を全く裏切っていない。

いや、むしろ期待に応えていると言っても過言ではない(過言だよ)

これが普段「俺は酒に強いぜ☆」と豪語していたら俺の株は失望感で一気に売られまくるだろう。あとついでに言うが、既知のとおり俺は口が悪い。さらに運動神経は皆無、野菜が嫌い、朝に弱い、実は意外と傷つきやすい硝子のハートだったり、と短所や弱点をあげ出したらキリがない。逆に長所は

 

 

 

特にない。

 

ペン回しが出来ることぐらいか。

 

またまたアドラーの引用だが

我々は他者の期待を満たすために生きているわけではない

であれば他者からの期待に応えなくてもいいし、他者に過度な期待をすべきではない。俺も過去に周囲からの期待に応えようとしたり、自分の実力を認めさせようと一丁前に頑張っていた微笑ましい時期もあったが、待っていたのは鬱みたいな症状だった。今は他人の期待に過度に応えようとは思わない。その方が楽だ。口の悪さも治す気はない。

今、周囲の期待に応えようと頑張っている人は、その期待が自分を高めるためのモチベーションになるのなら利用すればいいが、苦しみに変わった時は捨てればいい。それで例え裏切られたと思われようが気にしなくていい。相手が勝手に期待しただけなのだから。もちろんこれは他者に対しても過度な期待をすべきではないという主張でもある。

互いに過度な期待はせず、干渉せず、理解し合えるような関係を俺は理想だと思う。であれば強みばかりではなく、弱みも見せたほうが互いの理解が早い。

自分の弱みばかりを押し売りすることで、他人の援助ばかり求めたり、変えられることを変える努力を放棄するのは弱者を気取った最低のクズのすることだが、強がりばかりの人に必要なのは弱みを見せられる強さではないだろうか。